女川の今と自分の現在地と
西から台風をひっさげて1泊2日で宮城県女川町までの弾丸ツアーにいってきました。
この春に行った国際フレンドリーサッカーキャンプin沖縄2015に招待した中学校へ…今回のキャンプの主催者様がその後、女川の子達がどうしているのか顔を見に行きたいっておっしゃっていたので無理いって同行させていただきました。
朝5時に出発して9時に仙台空港着、レンタカーにて石巻の献花台や仮設住宅など時間のゆるす限り見学してきました。自分の目でしっかりと見たかったんですね、メディアでは教えてくれない本当の今を。
確かにがれきはほとんど撤去されて、地盤自体をせり上げて大規模な修繕を行い、一歩一歩ではあるけれど着実に復興へ向かっているんだと感じました。 写真に写ってる湾の手前は住宅があったところ。4年たった今は更地となって復興作業進行中。 女川中学校のすぐそばにある市営住宅は、野球の球場の中に何棟も何棟もあるんです。振り向けば得点ボードがあるんです。人工芝の立派なサッカーのグランドには野球のベースラインがひいてありました。もちろんピッチャーマウンドなんてありません。復興は進んではいるけれど、まだまだ始まったばかり。失ったものは相当にでかいと痛感しました。
僕は物資を支援する事もできないし、勇気がわいてくるような魔法のような言葉をかける事も出来ない。ただただ現実を見つめ自然の恐ろしさを想像し、言葉にならない想いをぐっと胸に押し込むだけしかできませんでした。無力です。
でも花は咲き、季節は流れ、一緒にボールを蹴っていた選手達は中学最後の大会に向けてトレーニングを行い、時間は流れているんです。立ち止まっている暇なんてないんです。
言葉がでてこなし何かカタチにもできないけど…
かわいそうとか大変そうとかも違うと思うし…
今自分が出来る事は、サッカー通じて同じ時間を共有することなんかもしれん。
僕の人生の中でほんの数時間しか一緒にいない彼らともボール一つで笑いあえるんだもん。
「生と死の境はどこですか?」 これは女川中学校にあった生徒が書いた詩の一部です。 僕は分からんし、よう答えられん。でも、生きているならしっかり歩んで自分が出来る事をもう一度見直してみようと強く思いました。
デザインでできること、フットボールでできること。 少ない脳みそフル回転で頑張ってみようと思います。